『ひまわり』というその居酒屋の軒先には、緑色の決してキレイとはいえない堤灯がかかり「地元の食材を使ってる店」と書いてある。引き戸に手をかけ、振り返る「いいか、入るぞ」妻がコクリとうなずく。カラカラカラ…「いらっしゃいませ〜」落ち着いた雰囲気の店内に、思いがけず若い女性の声が響いて「おや?」と思いカウンターを見ると山大生だろうか、かわいらしい女の子が2人笑顔で並んでいる。「お好きな席にどうぞ〜」と言われ、何となく蛍光灯の灯りが明るい奥の座敷きに行こうとすると、妻が「テーブルの方がいいよ、こっちにしよう」と袖を引く。座敷きの片面で10名程の団体が宴会してるのが目に入った。手前には7席ばかりのカウンターとテーブルが1つ、イスを引いて席についた。まずは、瓶ビール(500円)を注文。テーブル上の品書きには飲物のみ…肴はカウンター脇のホワイトボードに書いてある『本日のおすすめ』だけらしい。鮪刺身、鰹たたき、鴨カルパッチョ…ザッと目を通すが、危惧したような高い店ではないらしい…安心して見入る。米沢牛のサガリ刺し(700円)が珍しかったので頼むと、少し時間がかかるとのこと「かまわないですよ」とお願いし、サガリ刺しは日本酒に合いそうだからそれまでの繋ぎにビールに合う物を頼むかと策を立て、モヤシ炒め(400円)を頼んだ。さっき、奥の宴会席に運んでくモヤシ炒めがボリュームあっておいしそうだったのだ。1杯目のビールをキュッと空けタバコに火をつける、はてさて、どんなものが出てくるか…初めて入った店の初めてのオーダーというのは、何ともワクワクしてしまう幸せな瞬間だ。
奥の宴会グループは、随分静かでたまにパチパチという拍手が聞こえる、何かの報告会?発表会でもしてるんだろうか?自己啓発セミナーとか新興宗教絡みの会合かも…座敷きに行ってたら会話が聞こえたろうに、ちょっと残念。「おまたせしました〜」モヤシ炒めが運ばれてきた。

おおっ、やはりウマそうだ!モヤシ以外にもニラなどが入り、特筆すべきは肉の変わりに刻んだ油あげが入ってる!味もそっけもないパサパサの肉が少し入ってるより、この方が全然おいしいのだ。味も濃いめでビールにあう!少し遅れてサガリ刺しも来た、量は多くないが良い肉だ。

ビールがなくなったので、お酒(1合250円)を燗で頼む。カウンターで1人で飲んでる熟年男性がバイトの女の子と話し混んでいる。「メールの着信音て、長くすることできる?」「できますよ」「あ、じゃあ、やってくんない?」「え、いじっちゃっていいんですか?」「いいよ、オレ全然わかんないからさ」「は〜い、わかりました」その後も、何歳かだの彼氏はいるのかなど聞きまくっているが、あまりいやらしい感じではないので女の子も普通に答えている。妻と2人で「あの人、うまいことやってるな…」「キャバクラ行ったら、同じような会話して1時間7千円でしょ」とヒソヒソ。カウンター脇の小さな厨房には、職人気質で寡黙な雰囲気のマスターがいてテキパキと働き、接客はほとんどカウンターのバイト2人に任せているよう。お酒がなくなったので追加。徳利を持ち上げ、目があった女の子に「おかわりね」と告げると笑顔でコックリ。いい店かも…
普通の飲食店とちがい、居酒屋はお会計をするまで善し悪しを判定できない。どんなに酒や肴がリーズナブルでも、お通しが1人800円もする事があるからだ。とりあえず偵察はできたので、店を出ることにする。「ごちそうさま」「ありがとうございます〜」手早く計算を済ませた女の子が、伝票の切れ端を持ってきた。そこに書かれた金額を見て「おおっ?」と一瞬ひるんだ<2,000円>おおっ?つまり、お通し代はなし、そのまま飲み食いした物だけの金額かあ…千円札を2枚渡すと、厨房から顔を出してたマスターに「ごちそうさまです」と告げて店を出る。背中に女の子の「また、どうぞ〜」という明るい声が響いた。
近所に良い居酒屋を発見すると、とても嬉しい気持ちになる。ちょっと浮かれた気分で七日町に繰り出し、結局この晩は三軒もハシゴしてしまった。最初の店が安かったりすると、変に気が大きくなったりして「もう一軒、もう一軒」と遊びたがり、結局えらいこと散財したりしちゃうのよね…次の朝「しばらく外飲みは自粛」と妻からお達しがあった。

