
“神社”と言っても宗教法人などではなく、山仕事中の一服時に空気のおいしさに心癒された事から、空気に感謝する気持ちを具現化するためのアレとして街の有志が中心になり、全国の建築家にアイディアを募り、この5メートル四方のステンレスの鏡と、その地下に本殿として12の素焼きの瓶が納められている。一応、お神酒が振る舞われたり地下には、それらしいお供物が並んでたりするが、説明してくれたおばちゃんの「まあ、日本人は八百万(やおよろず)のナントカというくらい神様好きなので、こういうのもアリって事でイイんじゃないかと〜(意訳」みたいな説明が、良くも悪くもゆるい感じで…や、良い意味では無駄にいばってないトコが好感持てるし、悪い意味では威厳もへったくれもない「ただの観光施設かよ」みたいにシラケちゃうという…
神社脇のテントでは、舞いを踊る巫女役のチビっ子が爆睡してたり、舞いのバックで演奏してる方がスタッフに紙コップを渡し「こんだけ、こんぐらい注いできてけろ」とお神酒を要求してたり、言われたスタッフも「ほだい、ちょっとじゃ足んね〜べ〜」と笑ってたりと、夏前の澄んだ陽射しの中で、とにかくゆる〜い神事が行われていたのである。

